アイリッシュファクト

なかにはーーたとえばわたしの家族などーー記憶が再構築されていようとあまり気にしない人もいる。ハーバード大学の教授で、アイルランドの伝統的な生活に参加しながら観察を行っている、保守的な紳士のブレンダン・マーハは、〈アイリッシュ・ファクト〉のコンセプトをわたしにはじめて教えてくれた人だった。アイリッシュ・ファクトとは、「本当は事実でないが事実のような話で、話の流れをよくするために必要なもの」である。おそらく本当ではないけれど、本当であるべき話なのだ。わたしの親類は「わたしがつくった話だけど、本当だと信じている」とよく言っている。わたしはアイリッシュ・ファクトを聞いて育った。おかしくて突飛な話が、むかしから各家庭で代々語り継がれているのだ。こんな話がある。ドニー・マレーはビールを一、二杯飲んだあと、セント・メリーズ高校の寄宿舎からガールフレンドを連れ出そうと思い立ち、ビリー・フラニガンの庭にあった消防車をハイジャックして、ガールフレンドを寄宿舎の窓から引っ張り出すことにした。だが、引っぱる相手をまちがえたらしく、足をばたつかせて叫びながら出てきたのは、べつの女の子だった。その後ドニー・マレーは、「火事よ!火事よ!」とヒステリックに叫んでいる女学生全員を避難させるはめになった。これは本当の話なのだろうか? もちろんだれにもわからない。だが、本当であるべきなのだ。そして、人に伝えられるたびに、ますます本当たしくなっていくのである。

「なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか」スーザン・A・クランシー著 林雅代訳 ハヤカワ文庫 2006年8月

「侍女の素囃子と硝子風呂」

「侍女の素囃子と硝子風呂」

鳶魚の随筆に「侍女の素囃子と硝子風呂」(『三田村鳶魚全集』第二巻所収)という読み物があり、筑後久留米の城主九代目有馬頼徳のエピソードが紹介されている。それによると頼徳は、

「ビードロ(ガラス)で造った浴槽を居間に据え、裸の侍女を浴槽の中に入れて、それを見ながらチビリチビリとやっていた」

とある。この殿様と裸の侍女に肉体関係がなかったとはとうてい思えないから、殿様はビードロ風呂の裸女を見ながら感興を高めていたのだろう。

出典:「混浴と日本史」下川耿史 筑摩書房 2013