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  • モード誌と戦争 宇野千代が「スタイル」で描いた夢

    日中戦争の始まる前年、1936年に宇野千代により創刊されたファッション雑誌「スタイル」。当初日本の「ヴォーグ」を目指した誌面が戦争の激化にともない戦時体制に飲み込まれていく過程を掲載された記事の変遷から追っていくというもの。

    多少、時代背景の補足はあるものの基本、紙面の記事紹介に徹しているため、宇野千代をはじめ雑誌の編集に携わった人達が当時何を感じ考え紙面を作っていたのか、或いはリアルタイムに雑誌を読んでいた読者についてはまったく触れられないのが少し物足りないところ。

    プロローグモードの発言と、モダン都市のネットワーク…

    第1章『スタイル』を『ヴォーグ』のように 1936年6月〜1937年8月
     パリへの瞳憬、ハリウッドへの憧憬
     『ヴォーグ』で知る、パリのデザイナーの仕事
     矢野目源ーーフランス文学者の顔、美の探究者の顔
     ハリウッド女優のファッションと化粧法
     映画は流行の羅針盤
     考現学が捉えたモダン東京の服飾の現在
     「お洒落画報」は「動く」女性文化の創造を目指していた
     避暑地のスポーツとファッション
     和服が似合わず、小説の主人公に着せて鬱憤を晴らした吉屋信子
     宇野千代の古布あさりと、洋服地で和服を作る先見性
     一九三〇年代後半の日本を代表するデザイナー
     美容院ーパーマネントウェーブの全盛期
     プライベートを覗く愉しさ① - 高杉早苗やターキーは、どう化粧しているの?
     プライベートを覗く愉しさ② - 口紅・洋服・美容院・香水・マニキュア
     広告と文化人1宇野千代の「ゴロナ」、吉行あぐりの「森永牛乳」
     男性のモードの先端 - 大田黒元雄と谷長二

    第2章 日中戦争下のファッション・化粧・髪型 1937年9月~1938年3月
     田中絹代が国防婦人会大船分会会長に
     「お洒落コント"恋人出征"」の涙と笑い
     輸出入品の禁止・制限と、ファッション・化粧品
     映画「一九三八年のヴォーグ」が観られない
     朝はルイーゼ・ライナーのように、午後はクローデット・コルベールのように
     パリ=夢への通路
     桑野通子の化粧室、阿部金剛のコティ
     富本憲吉作の帯留、奥村博史作の指環
     マキシン美容室、テルミーハウス、銀座美容院
     どんなネマキを着ているの?ー挿絵のなかの文化人コレクション
     洋装の一般化と、洋裁熱の拡がり
     和装の常識への異議申し立て
     雪の国境の彼方に消えた岡田嘉子

    第3章 後退戦ー国家総動員法、されどハリウッド女優 1938年4月〜1939年9月
     国家総動員法と、第一次・第二次近衛声明アヴォーグ』のようなモードを、ただし「時流」への配慮も
     ハリウッド女優に学ぶー「〜風のお化粧法」シリーズ
     化粧で「死点」をどう補うかー「お化粧研究」シリーズ一九三〇年代の『ヴォーグ』と、ハリウッド女優の役割
     どんな家に住んでいるの?一洋画家が描きにくる林芙美子の洋館
     どんな料理を作っているの?一阿部艶子の常夜鍋、石黒敬七のサンドイッチ
     「錠剤わかもと」の広告と、田河水泡・石井漠・徳川夢声
     アメリカ映画の解禁と、一年遅れの流行舶来品への別れと、代用品時代の到来
     「古い物でもこの通り」一行灯のライト、絵のキャンバスのボストンバッグ
     ガソリン配給統制と、ダットサン新婚旅行
     北原白秋が書いたヒトラー・ユーゲント歓迎歌
     『スタイル』を流れるパリの空気ーピアニスト原智恵子訪問記
     パーマネントウェーブ禁止への異論と、「浮華なる」という形容の追加

    第4章 第二次世界大戦勃発興亜奉公日モードの衰退 1939年9月〜1940年7月
     第二次世界大戦勃発と、開戦前のパリの「デザイナーの夢」
     映画法による外国映画の輸入制限と、検閲による封切り不許可
     モードの「お手本」の消滅と、戦時的モード
     興亜奉公日の光景|「自粛の街」に流れる国民歌謡「興亜奉公の歌」
     配給統制時代の幕開けと、代用食の模索
     銀座ー洋服店の休業と、華美で派手になる着物
     日本の映画女優が、ハリウッド女優と交代する
     "私のお化粧法" 三岸節子・原節子・李香蘭
     芸能人を身近にー漫才師ミスワカナ、浅草松竹座のハットボンボンズ
     読者の人生と重なる「小型自叙伝」ー二葉あき子・三益愛子・山田五十鈴
     美容院の広告で「パーマネント」という言葉を自粛
     広告が語る一九四〇年前後の日本

    第5章 七・七禁令の衝撃、新生活指導雑誌への変貌 1940年7月〜1941年9月
    マジノ線突破のニュースを聞いて、崔承喜がボルドーから帰国する
    七・七禁令(奢修品等製造販売制限規則)の衝撃と、再生品・代用品
    新生活指導雑誌|「これだけはお止めなさい」の上から目線
    「新体制」に乗り遅れないように
    ムッソリーニに会見した深尾須磨子、真田幸村の鎧を贈ろうとした三浦環
    「ナチ的」な生活はあまりないー野上弥生子のドイツでの冷静な視線
    興亜奉公日ー銀座や新宿で警告カードを配布する
    早見美容院だけが「パーマネント」という言葉を使い続けた
    壺井栄・藤川栄子の歩行、宇野千代の再製口紅
    大船松竹撮影所で、木暮実千代や水戸光子が野菜作り
    『スタイル』は隣組・常会のような雑誌
    「翼賛」と「母性」ーグラビア「女は家でも」が回収される物
    ハルビンの夜に流れる、白系ロシア人女性の「雨のブルース」

    エピローグ「大東亜戦争」下の女性

    あとがき

    文化諸領域のモード① - 映画と飯島正
    文化諸領域のモード② - スポーツと広瀬謙三
    文化諸領域のモード③ - 音楽と大田黒元雄
    文化諸領域のモード④ - 舞踊 蘆原英了
    文化諸領域のモード⑤ - 家具・建築と山口象
    文化諸領域のモード⑥ - 社交ダンスと玉置真吉

    主要参考文献
    『スタイル』『女性生活』関連年表(一九三六〜一九四五年
    モードの主な発言者たち
    執筆者登場回数リスト
    人名索引