そうだ、痛みが極度に達すると、寧ろ音響に近くなるのだ。恰も空中で音波の生ずるように、歯茎の知覚神経が一種のヴァイブレエションを起こすのだ。
「病蓐の幻想」 谷崎潤一郎 より
谷崎潤一郎の短編小説「病蓐の幻想」(初出:「中央公論」大正5年11月号)から歯痛に対する谷崎の言葉。
出典は「潤一郎ラビリンスVII 怪奇幻想倶楽部」中公文庫(中央公論社)1998年11月18日 より。
「病蓐の幻想」は虫歯の主人公が酷い歯痛の苦痛からの幻視を描いた世にも希な『歯痛』小説で、病からもたらされる痛みに対する自己完結的なマゾヒズムを感じる作品。
タイトルの「病蓐の幻想」の “病蓐” は「びょうじょく」と読んで、いわゆる「病床」のこと。