「着物になった〈戦争〉時代が求めた戦争柄」乾淑子 歴史文化ライブラリー 2023
羽裏や襦袢、あるいは子供用の着物などに用いられる図柄の一種である「戦争柄」についての本。
「戦争柄」とは戦車や戦闘機といった兵器の意匠であったり、爆弾三勇士や東郷平八郎のような英雄視された軍人、日本の戦果を報道する新聞記事など広く戦争一般を題材にしたものをいい、日清戦争から太平洋戦争にかけて盛んに作られたとのこと。もともとは面白柄と呼ばれる、羽裏や襦袢など外からは見えない羽織や着物を脱がないと判らないような隠れた箇所にハイコンテキストなネタを仕込んだり、奇をてらったような柄を入れるという「粋」なファッションから派生したもので、明治以降、軍国主義の台頭とともに盛んに作られるようになったそうだ。
しかし、その軍国主義が最高潮であったろう太平洋戦争期も戦況が悪くなるとともに物資不足からその生産量は減っていったというのは皮肉っぽい。とはいえ戦後になっても高度成長期を過ぎるぐらい迄は、戦車や戦闘機といった子供服の戦車モチーフ、子供の好む格好いいモチーフとしてそれなりに生き延びていて、やがてそれがキャラクターものに取って代われたという印象がある。
戦争柄といってもその意匠は多様で、当時の新聞記事の版面や絵はがき、中には国債の券面などをそのままプリントしたような図柄は、現代的観点からすると著作権無視も甚だしいがちょっとアバンギャルドな感じで面白い。
本の中でも言及されているが、これらの戦争柄にプロパガンダを感じる人は多いだろうが、実際には政府や軍が直接指示したり誘導したりしたものではなく、当時の社会の需要と供給に基づいた商品として流通していたという点には注意したい。むろん、その社会や大衆の需要そのものがプロパガンダにより誘導されたものという部分はあるだろうが・・・
あと、本筋から外れる部分であるが、戦争柄の製造年代を特定する必要からだろうけど、描かれた戦車や飛行機を「八九式中戦車」とか「九六式陸上攻撃機」とキチンと同定しているのが、なかなかミリオタぽくて良い。
大変、面白く興味深い本ではあるが、残念なのは百点以上収録されている図版が書籍のフォーマット上の制約で全てモノクロであるという点。ただ、本書の主眼は「戦争柄」の歴史やその背景にあり図柄そのもの美的観点にたいする比重は軽いのでそれも仕方ない。意匠・図柄そのものに感心がある場合、同じ著者が2007年にインパクト出版会より出した「図説 着物柄にみる戦争」がカラー図版も豊富でお勧め。
目次
戦争柄着物を着た時代 - プロローグ
面白柄着物の誕生と隆盛
面白柄着物の誕生
男性向け面白柄着物
女性向け面白柄着物
戦争柄着物の登場とメディア日清・日露戦争期
戦争柄着物の登場
日清戦争・北清事変期の戦争柄着物 - 錦絵との関係
日露戦争期の戦争柄着物 - 報道と絵葉書との関係
多様化する戦争柄着物 大正・昭和期
大正期の戦争柄着物 - ボンチと新聞との関係
昭和期の戦争柄着物(一) - テーマの多様化と流行
昭和期の戦争柄着物(二) - 満州国柄とプロパガンダ
昭和期の戦争柄着物(三) - 天皇と将軍
昭和期の戦争柄着物(四) - 事件と報道
女性向け戦争柄着物
戦争柄着物からの問いかけ - エピローグ
あとがき
参考文献
Amazon : 「着物になった〈戦争〉時代が求めた戦争柄」乾淑子 歴史文化ライブラリー 2023
Amazon : 「図説着物柄にみる戦争」乾淑子 インパクト出版会 2007